1月1日

2017年の1月1日。

いま、わたしは定年退職した父と、スーパーのパートで働く母の住む家でお正月を過ごしている。

母がすきやきをつくっている。

 

きっと退屈になるだろうからと、

すきやきの鍋の下に敷けるくらい厚いガルシア・マルケスの「百年の孤独」と、今後の蓄えのためのお金を増やしたい一心で図書館から借りたFXの本を持ってはきたが、どちらもまだ読み切っていないまま、枕元に置いてある。

おそらく読み切らないまま、明日、東京の家に戻ることになる。

 

いま、思っていることがあって、

わたしにとっては予期しなかったことだが、これからは、この家と東京を行き来する生活を送りたいと思う。

こんなこと、この環境が嫌で東京に飛び出した7年前なら全く思わなかったことだが、今はかなりの気持ちの強さでそう思っている。おそらく、社会人になって仕事を始めてから思っていることで、働く事自体は嫌いではないけど、今の職場で働くことに嫌気がさしている。

仕事をやめてからどう身を振るかはまだなにも思い浮かんでいない。とりあえずやめることは決めている。転職するかもしれないけど、先のことを言えば、これからどこかに属して何十年も働きつづけるのは自分には無理だと思っている。父のように、定年まで勤め上げるのはかなりしんどいだろう。

普通に働くのもしんどいのに。

2015年11月15日に雨宮まみさんが亡くなったときも、その仕事観に思うところがあったから、なんだか責められない気持ちがしていたし、これからの自分もそっちのほうかなという気がする。

まあ、どんな理由にしても我ながら欲張りかとは思うが、結局は、息がつまりそうになったときに逃げる場所と、退屈になったらでかける場所を確保しておきたいのだ。そのためには、仕事をしなくてもある程度収入を得る必要があるから、買いはしないジャンルの本に興味が出てきたりなどしている訳で。

いつも、どこからか逃げて、その度に飽きて、また向かって、というのを繰り返している。